IR活動の効果(取引コストの経済学)

新年あけまして、おめでとうございます。
年末年始はまたしてもすっかりなまけてしまい、久方振りの更新となりました。

さて、本日はIRの効果について考えてみたいと思います。
あまり一般の人にはなじみがないかも知れませんが、一昨年ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者にウィリアムソンという人がいます。この人は制度学派と呼ばれ、コース*1から始まった市場の中になぜ組織があるのかという議論を「内部組織の経済学」「取引コストの経済学」という組織の経済学*2として今日の形に完成させた学者なのです。今回はこの人の理論を使って、IRの効果を説明してみます。

またしても誤解を恐れず、ウィリアムソンの理論を今回と関連の深いところだけを抜き出してごくごく単純化して紹介すると、次のようになります。「そもそも人間の判断力や認知能力には限界がある(限定合理性)のだから、市場で行われる取引の内容について、不正がないか監視したり、交渉したりしなければならない。これが取引を行う上でのコストとなる。また、人間はある一定の条件下では、機会主義的(虚偽やごまかしを厭わず自己利益を追求する)な行動が大きくなるものであり、市場取引で騙されないために使うコストが高くなる。」 
この、ある一定条件というのが、取引者間での情報の爬行、情報の偏在というわけです。

ではこれをIRに当てはめてみると、この場合の市場とは、資本市場のことで、取引とは株式投資のことであると考えられます。投資家は、銘柄を探し、調査し、そして投資する。この段階でかなりのコストがかかります。さらに、投資先の経営者が機会主義に走って投資家を裏切ることがないように、監視するコストもかかります。投資家と企業経営者の間には大きな情報の格差が存在しますので、情報開示の良くない企業に対しては投資家がかけるコストは膨大なものになります。このコストが割引率(利子率、資本コスト)となって、株価は割り引かれていきます。
資本コストは、借入金でいえば利子率のようなもので、借入金の場合、利子が高いと返済が大変です。資本コストの場合には、これが高いと企業価値がその企業が本当に持っている価値に比較して割安に評価されてしまい、M&Aの対象になったり、資本市場からの資金調達に支障が出る可能性もあります。

つまりIR活動には、適切に経営情報を開示することによって、投資家と企業経営者間の情報の爬行を少なくして、双方にとっての取引コストを下げる効果があるといえるのではないかと考えることができそうです。
いくつかの研究の中で、ディスクロージャーの良し悪しが資本コストに影響を与えることは実証されています。*3

とはいえ、企業にとっては、資本市場、特に流通市場での取引は直接的なものでないため、資本コストが高くても、資金調達ニーズのない企業の経営者はピンとこないものがあります。だから株価(企業価値)は市場が決めればよいことで、効果が実感できないIR活動にそんなに費用や手間をかける必要があるのか、第一経営を他人(投資家)にそんなに説明する必要があるのか、という議論が出てくる。それでは、ストックオプションが有効かというと、今度は株価を上げるためにIRより配当や優待を良くしたほうが、手っ取り早いと考える機会主義的な経営者が出現する....ということでステークホルダー型のガバナンスが必要とされる訳ですが、これはまた別の機会に考えてみたいと思います。

脚注
*1 コース:Coase,R.H., (1937)「企業の本質」でノーベル賞(1991年)受賞。宮沢健一ほか訳『企業・市場・法』第2章「企業の本質」(東洋経済新報社,1992)
*2 宮本光晴(2004) 『企業システムの経済学』 新世社
*3 音川和久(2000)「IR活動の資本コスト低減効果」『會計』158(4):73-85

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